武蔵野東学園広報 安部歳夫先生追悼号 【オンライン版】    平成17年(2005年)5月13日発行

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「現場の最前線にいる」を口癖に

           安部典子様 (ご遺族を代表して)

 いつの間にか街はやわらかな新緑に包まれる季節になりました。
 父が居ましたら花屋さんに色とりどりの花の鉢を買いに行く頃・・・と思いながら、父の居ない日常の隙間に寂しさをかみしめる間もなくあわただしく日々を過ごしております。
 葬儀の節は皆様にお世話を頂き、又、沢山の皆様がお別れに来て下さいまして本当に有り難うございました。中には小さなお子さんも手を合わせて下さり、父はどこかで目を細めて喜んでいたことと存じます。
 父にとって、長い仕事の道のりの中で北原キヨ先生と出会ったことは大きなことでした。先生のひたむきさと大胆な行動力に強く共鳴し、自分にとっても、更に世界が広がる経験をさせていただいたことと存じます。
 ですから、年々からだが利かなくなってきて、皆様にご面倒をかけてでも東学園のお仕事に携わり続けることが生き甲斐でした。理事会では運営のこと、そして行事に招かれることは、子どもたちやそのご家族、そして職員の皆様の熱意や喜びにふれる機会で、「現場の最前線にいる」が口癖だった父にとって何よりうれしいことでした。多くの皆様にお世話になりましたが、殊に横山事務長先生には心から感謝しておりました。
 これからも父共々、東学園の益々の充実とご発展をお祈りいたします。

養護教育の礎を築かれた安部先生

       帝京大学教授 / 帝京大学小学校校長
              学園理事 大南 英明 様
                 (理事会を代表して)

 青鳥養護学校高等部の礎を築かれた先生。
 安部歳夫先生が米寿の祝いの後に出された礼状の一節に次のような文があります。

 「顧みれば丁度50年前の昭和26年の9月1日初代校長佐藤正顕先生のお誘いに応じて九州から家族連れで2度目の上京。新築に成った梅ヶ丘校舎に教諭として赴任しました。(略)29年8月埼玉職業実習所が開設され、主任に命じられて家族ぐるみ現地に派遣されました。32年5月末日、都教委の方針で実習所は発展的に閉鎖して本校に総引き上げ。私は新設の高等部主事を拝命。35年6月自校昇任で教頭を拝命。
 41年1月新設の都立八王子養護学校長を拝命。45年4月青鳥に転勤。第4代の青鳥養護学校長に就任。53年3月定年退職。この間青鳥に奉職すること通算20年。(略)」

 25年4月東京都立青鳥中学校が誕生し、分教場から独立した学校になり、精神薄弱児の教育が本格的に開始され、「バザー単元」など青鳥養護独特の教育内容・方法が全国に発信されました。
 その中の一つが、埼玉職業実習所における土管作りで東京を離れ、寄宿舎生活を含めた教育が進められました。安部先生は、実習所の主任としてご家族とともに生徒と生活を共にされたのです。土管作りは、原土掘り、土運びなど多様な作業があったようですが、厳しい条件の中での勤務であったと思います。
 昭和32年1月、都立青鳥養護学校となり、中学部と高等部が設置されました。
 安部先生は、実習所の後始末をされ、新設の高等部主事として新たな道を拓かれたのです。青鳥養護学校高等部の礎は、安部先生によって築かれ、今日の高等部へと発展したといえます。東京都をはじめ全国の高等部が変りつつあります。安部先生が築かれた礎・初心を忘れずに変容させたいと考えています。
 どうか安らかにお休みください。  合掌

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